



「Greed Fandango」という名前は、もともと私が長年好きだった、あるコンピューターゲームのタイトルから着想を得たものです。
そのゲームにはブラックユーモアが随所に散りばめられていて、今でもとても好きな表現のひとつです。もっとも、自分に同じようなセンスがあるかというと、そこはあまり自信がありません。
あるとき、それに少し似た言葉がふと頭に浮かびました。響きがおもしろいと思い、そのまま使うことにしました。
そういう意味では、ひとつの小さなトリビュートでもあります。
ちなみに、Fandangoとは、もともとスペイン語圏の舞踊や舞曲を指す言葉ですが、英語では転じて、滑稽な騒ぎや大げさな一幕を表すこともあります。
前回のJournalでも書いたように、このプロジェクトを始めた理由のひとつは、人生を先延ばしにせず、今この瞬間を大切にしたいと思ったことでした。
けれど、「人生を大切にする」ということは、同時に、限られた時間や体力、環境の中で何かを選び取るということでもあります。すべてを選ぶことはできません。何を大事にするのかを決めることは、何を手放すのかを決めることでもあります。
では、自分は結局、人生に何を求めているのか。何を選び、何を諦めるべきなのか。
そうした問いに向き合ってみると、自分の中には、実にいろいろな欲望があることに気づきました。
これも欲しい。あれも欲しい。音楽も、家族も、仕事も、夢も、安定も、自由も、あり得たかもしれない別の自分さえも。
そう考えると、人生というのは、どこか滑稽で、少し欲張りな踊りのようにも思えてきます。
まさに、Greed Fandangoという名前の通りなのかもしれません。


